鳴かぬなら 殺してしまへ ホトトギス(織田信長)
鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス(豊臣秀吉)
鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス(徳川家康)
↑有名なホトトギスの詩。
戦国時代の三人の武将の性格を表していますよね。
信長:短気さと気むずかしさ
秀吉:好奇心旺盛
家康:忍耐強さ
で、あなたならどう詠みます?
鳴かぬなら ○○○○○○○ ホトトギス
単に性格診断とか言う話ではなくて、もっと深い、深~い、深イィ話なんです、コレ。
まず、ホトトギスが鳴かないと言う事象をどのように捉えるのか?と言う心理状態。
そして、どういった対処法をとるのか。
さらに、その背景にある世界観、物事の前提もわかります。
(たとえば、理系だと原因がわかれば解決できるであろうと言う大前提)
複数で行うと、異なる世界観で皆が生きていることを実感できます。
何年か前...カレコレ十年くらい前にやったときは、なんて詠んだか覚えていないけど、鳴かない理由を検証して、それを実証する、みたいな感じのことを考えたんですよね。
鳴かぬなら 理由が知りたい ホトトギス(高島:約10年前)
「鳴かせてみせよう」にかなり近いのですが、鳴くと言う事象を発生させるのは、どうすれば良いのか?鳴いているときの共通項は何か?それを捉えて実践し、鳴くかどうか検証する、そんな考えでした。
でも今の私は
鳴かぬなら それでもいーじゃん ホトトギス(高島:今現在)
鳴くだけがホトトギスじゃない、鳴かなくても、その姿(すがた)形(かたち)もホトトギス。別に無理に鳴かせる必要はないんじゃないのかと。
ちなみに
鳴かぬなら それもまた良し ホトトギス(松下幸之助)
↑なんだそうな。こちらの表現の方がやさしいですね、さすが、一流の経営者は違います。
私の詠んだのと、近いようで近くないのかな。なんか私の、トゲがあるし(^_^;)
もっと言うと、私の心境は
鳴かぬなら それがどうした ホトトギス(高島:今現在)
鳴かぬなら 鳴かなアカンの!? ホトトギス(高島:今現在)
↑コレが本音。なんで、ホトトギスだから鳴かんとあかんねん!って言う、固定概念に関する反骨精神。固定概念って怖いんですよ、あーじゃないといけない、こーあるべきだ...そんな世の中に対する反発。
鳴かぬなら ホンワカパッパ ホトトギス(高島・心の叫び1)
鳴かぬなら ピーヒャラドンドン ホトトギス(高島・心の叫び2)
鳴かぬなら デンガラガッシャン ホトトギス(高島・心の叫び3)
↑お酒を飲んでもいないのに、ノってきたゾ
もうワケがわからないけど、勢いで叫んだ心の叫び。ホンワカパッパは「それがどうした 僕ドラえもん」につながっているんですけどね。
ホトトギス→鳴く鳥→鳴かなくてはいけないと言う固定概念が発生している→それが気に入らない自分、そんな感じかな。
と言うことで、なんとなく見えてきた自分の心境。
しがらみの中で生きていかないといけないことは、わかっちゃいるけど、なかなかそれを素直に認めたくない、どこか尖って、反発したい。そんな叫びを自分なりに表現したい!
そんなところなんじゃないかな。あー、病んでるなー...
盗んだバイクで走り出して、夜の校舎 窓ガラス 壊して回らないといけないかも
今日ね、大学の同期三人でお食事して、このホトトギス・ドリルの話になって、いろいろと考えさせられたワケですよ、そんな悶々の投稿でした。
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